
2009.09.02 Wednesday 11:50 AM
創業は飛鳥時代。日本で最も古い企業「金剛組」を取材しました。寺社の建築や修復を手がけています。聖徳太子から四天王寺の建築の命を受けたのが、事業の始まりと言われています。代々金剛家が会社を継いできました。その39代金剛利隆さんは御年85歳。今でも日本全国、金剛組が手がけている寺社の修復現場に出かけています。
3年前、資金繰りが苦しくなった金剛組は高松建設の子会社になりました。新しく金剛組の社長として迎えられた高松建設・副社長の小川氏は、まずコスト削減を徹底したといいます。
宮大工は職人気質です。いいものを作るのなら材料費は高くても構わないという意識で仕事をしていました。その意識を変えるために、金剛組の中をスケルトンにし、どれだけコストがかかっているのか見えるようにしました。それが奏功して宮大工のコストに対する意識が3年間で随分と変わりました。また、約1年で、赤字だった最終損益を黒字に転換させました。
ただ本業は寺社の建築、修復です。果たして利益を稼ぎ出していくことのできる事業なのでしょうか?
小川氏は、「儲からない」と話します。しかし「儲けすぎないこと」が大切なことだそうです。儲かるとどうしても欲が出て、事業を拡大したり、多角化したりしがちです。実際、金剛組は、事業を拡大し過ぎてうまくいかなくなったという苦い経験があります。ならば、本業一筋に絞って経営すること。少しの黒字を出し続けられるような堅実な経営で、適度に利益を上げていくことが、大切だそうです。これは金剛組の先代の教えとしても「身の丈に合った経営をせよ」という言葉で伝えられています。
金剛組が1400年以上も続いた理由の一つに、確かな「技術力」があります。寺社建築には釘を使わずに木を組み合わせることで寺社を完成させるという、高度な技術が必要になります。その技術は、代々、しっかりと受け継がれてきました。
若い人に技術を教え、育てていくことは簡単なことではないと思います。現場ではどんな方法で技術が伝えられているのでしょうか?
本社から車で30分ほどのところにある金剛組の木材加工センターでその技術の継承が行なわれています。取材当日は寺社で使われる木材の修復作業が行われていました。古くなったお堂の木材に新しい木を継ぎ足していくという技術。その緩やかな曲線を出すために木を鉋で削っていくのも、職人の勘。長年培ったものなのです。その日の気候によって木の状態は違いますし、鉋の土台の木の状態も違う。それに合わせて鉋の刃を研いだり、角度を調節したりして、木を削っていくのです。
こういった技術は棟梁から弟子へ、手とり足とり教えられるというわけではありません。とにかく弟子は棟梁や兄弟子の仕事を見て、技を盗む。分からないことがあれば自分から聞く。そして仕事が終わった後に練習を積む。それの繰り返しで技術を学んでいくそうです。
同じ宮大工、加藤組の棟梁の加藤博文さんは「いくら技術を教えても、自分で経験しなければ上達しない。なぜうまくいかないか考えさせることが大事だ」と話します。この作業を通じて棟梁と弟子の確かな信頼関係が築かれていくのだと思いました。
強固な信頼関係が構築されるのも、宮大工の仕事に対する強い思いがあるからだと感じました。「この木の香りの中で、夢だった宮大工として寺社仏閣を手掛けられるのが嬉しい。」と話す弟子入りして間もない宮大工さんの目つきは鋭く、信念を感じます。「自分が修復したところが数十年、数百年経っても残っているというのは寺社仏閣でなければ経験できない」。そう尽きない魅力をかたります。最近は宮大工になりたいという人が増えているということで、履歴書が日に何通も届き面接待ち状態です。
金剛組のような技術力という強みを持ち、社員同士が信頼関係を構築する環境があることが、金剛組を長寿企業にしている大きな理由だと思いました。
3年前、資金繰りが苦しくなった金剛組は高松建設の子会社になりました。新しく金剛組の社長として迎えられた高松建設・副社長の小川氏は、まずコスト削減を徹底したといいます。
宮大工は職人気質です。いいものを作るのなら材料費は高くても構わないという意識で仕事をしていました。その意識を変えるために、金剛組の中をスケルトンにし、どれだけコストがかかっているのか見えるようにしました。それが奏功して宮大工のコストに対する意識が3年間で随分と変わりました。また、約1年で、赤字だった最終損益を黒字に転換させました。
ただ本業は寺社の建築、修復です。果たして利益を稼ぎ出していくことのできる事業なのでしょうか?
小川氏は、「儲からない」と話します。しかし「儲けすぎないこと」が大切なことだそうです。儲かるとどうしても欲が出て、事業を拡大したり、多角化したりしがちです。実際、金剛組は、事業を拡大し過ぎてうまくいかなくなったという苦い経験があります。ならば、本業一筋に絞って経営すること。少しの黒字を出し続けられるような堅実な経営で、適度に利益を上げていくことが、大切だそうです。これは金剛組の先代の教えとしても「身の丈に合った経営をせよ」という言葉で伝えられています。
金剛組が1400年以上も続いた理由の一つに、確かな「技術力」があります。寺社建築には釘を使わずに木を組み合わせることで寺社を完成させるという、高度な技術が必要になります。その技術は、代々、しっかりと受け継がれてきました。
若い人に技術を教え、育てていくことは簡単なことではないと思います。現場ではどんな方法で技術が伝えられているのでしょうか?
本社から車で30分ほどのところにある金剛組の木材加工センターでその技術の継承が行なわれています。取材当日は寺社で使われる木材の修復作業が行われていました。古くなったお堂の木材に新しい木を継ぎ足していくという技術。その緩やかな曲線を出すために木を鉋で削っていくのも、職人の勘。長年培ったものなのです。その日の気候によって木の状態は違いますし、鉋の土台の木の状態も違う。それに合わせて鉋の刃を研いだり、角度を調節したりして、木を削っていくのです。
こういった技術は棟梁から弟子へ、手とり足とり教えられるというわけではありません。とにかく弟子は棟梁や兄弟子の仕事を見て、技を盗む。分からないことがあれば自分から聞く。そして仕事が終わった後に練習を積む。それの繰り返しで技術を学んでいくそうです。
同じ宮大工、加藤組の棟梁の加藤博文さんは「いくら技術を教えても、自分で経験しなければ上達しない。なぜうまくいかないか考えさせることが大事だ」と話します。この作業を通じて棟梁と弟子の確かな信頼関係が築かれていくのだと思いました。
強固な信頼関係が構築されるのも、宮大工の仕事に対する強い思いがあるからだと感じました。「この木の香りの中で、夢だった宮大工として寺社仏閣を手掛けられるのが嬉しい。」と話す弟子入りして間もない宮大工さんの目つきは鋭く、信念を感じます。「自分が修復したところが数十年、数百年経っても残っているというのは寺社仏閣でなければ経験できない」。そう尽きない魅力をかたります。最近は宮大工になりたいという人が増えているということで、履歴書が日に何通も届き面接待ち状態です。
金剛組のような技術力という強みを持ち、社員同士が信頼関係を構築する環境があることが、金剛組を長寿企業にしている大きな理由だと思いました。
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